大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和53年(オ)923号 判決

上告人

株式会社西日本相互銀行

右代表者

大村武彦

右訴訟代理人

松本成一

被上告人

丸山照雄

右訴訟代理人

山口伊左衛門

右補助参加人

右代表者法務大臣

古井喜実

主文

上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人松本成一の上告理由について

原審が適法に確定した事実関係のもとにおいては、福岡地方裁判所小倉支部が被上告人の申請に基づき昭和四八年一〇月一日訴外若戸機工株式会社の上告人に対する第一審判決別紙目的債権目録記載の債権につき発した債権差押及び転付命令は、特別送達郵便物として、若松郵便局員山口周作が昭和四八年一〇月二日午前一〇時一五分ころ上告人の若松支店に配達し同支店受付係の住田準子にこれを交付したことにより、上告人に対し有効に送達されたものであり、その後住田の依頼に応じて右郵便物が福岡市内の上告人の本店へ転送されたことにより前記送達の効力が左右されるものではないとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(江里口清雄 髙辻正己 服部髙顯 環昌一 横井大三)

上告代理人松本成一の上告理由

原判決には、左記のとおり判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違背があるので、これを破棄した上で差戻又は自判を求める。

即ち、原判決の確定した事実によれば、

「昭和四八年一〇月二日午前一〇時一五分頃、若松郵便局員山口周作は本件命令を特別送達郵便物として上告人銀行若松支店の窓口へ配達し、一旦同支店受付係の住田準子に交付したが、同女は該郵便物の宛先が“同支店代表取締役荒木慎吉殿”と記載されていたところ、同女は右荒木を知らず且つ同支店には該当者が居なかつたことから、該郵便物の受領の可否・当否を同支店内務担当役席藤松政実に質した上、郵便局員山口に対し該郵便物を上告人銀行本店へ転送されたい旨依頼して返戻し、右藤松に於て“福岡市博多区博多駅前一丁目三番六号西日本相互銀行本店”と記載した付箋を作成交付して転送先を指示し、郵便局員山口は右転送依頼を受けて該郵便物を若松郵便局に持ち帰り、転送手続をとつた結果、昭和四八年一〇月六日上告人銀行本店に送達され、同日送達済の送達報告書が作成されたこと」

が明らかである。

そこで本件の問題は、「四八年一〇月二日上告人銀行若松支店に於て、郵便局員山口から同支店受付係住田に対し、右郵便物が一旦交付されたこと」が、「特別送達の完了」と解することが出来るか否かに絞られる。

本件のようなケースを直接判示した判例は見当らないので、純理論的にこれを解明するしかないが、この場合次の各点を考慮に入れる必要があると思われる。

1 送達を受ける者は、その書類の受領を拒否する権限を有する。即ち、正当な事由がある場合は、これを拒否する権限があるのは当然として、正当な事由がない場合でもこれが認められていることは、これに対する対抗策として差置送達の規定があること(民訴法第一七一条第二項)から明らかである。

2 従つて、送達を受ける者は、その書類を受領するか否かを判断する為、その書類を点検する権限がある筈であり、その為に手に取つて見ることも許される筈である。もし、点検の為に手に取つて見ることが即受領ということになるならば、運動会に於けるパン喰い競走のように、後手に縛つてこれを見なければならない。然しこれは余りにも、形式的な見解で条理に反する。

3 送達を受ける者が、正当な理由なくその書類の受領を拒絶した場合は、差置送達即ちその書類を其場に置いてくることによつて送達を擬制することが認められている(民訴法第一七一条第二項)。郵便集配人は送達を為す吏員として(同法第一六二条第二項)、これを職業とする専門家であるから、このような送達方法を充分に知つており、又は知るべきである。

4 裁判所の送達書類は、その表面又は裏面に「福岡地方裁判所小倉支部」等と印刷された正規の封筒を使用して行われるのが通常であるが、本件の場合は何故か何らの表示もない市販の粗末な封筒によつて行われ、差出人の表示は全くなかつた為、上告人銀行としてはこれが差押命令であることは勿論のこと、裁判所からの書類であることさえ知る由もなかつた。

5 原判決は、郵便局員山口が行つた本件郵便物の転送をサービス的代行と解釈しているが、転送は郵便法第四四条及び郵便規則第八七、八八条に規定された郵便局の当然の職務行為であり、決してサービス的行為ではない。

6 意思表示の到達とは一般取引上の観念に従い、相手方がその内容を了知すべき状態に置かれること又は受領者の勢力範囲(支配圏)内に置かれることを言うが、本件の郵便物が上告人銀行支店の窓口に置かれたのは僅か二、三分程度のごく短かい時間であり、従つてその内容を了知すべき状態に置かれたとは到底言えない。

7 本件のケースに近い判例として、「郵便集配人が債権譲渡通知の内容証明郵便を持参したところ、債務者たる名宛人の妻が旅行中の為不在であり、証印もないから翌日配達されたい旨を告げたので、翌日持参したが、名宛人の娘が同様の理由で受領を拒絶し再配達を求めたので、更にその翌日配達を完了したという事案について、その受領者が債権譲渡の通知書であることを知り又は知りうべかりしにも拘らず故らにこれを拒絶したと認められないから、原審が債権譲渡の通知書を持ち帰つた日には到達しなかつたとして、その後配達を完了した日には到達ありとしたのは正当」

と判示した例がある(大審院判決昭和九年一〇月二四日新聞三七七三・一七)。

以上の事情を考慮に入れて、裁判上の送達の効力を厳正に判断するとき、上告人銀行若松支店受付係住田が本件郵便物を受け取つたのは、これを点検して受領の可否・当否を決する為一時的に預つたにすぎず、これを以て送達の完了と解すべきではない。

以上

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